グランドスラムを支えるもの──全仏オープンの舞台裏で見えた、ウイルソンの現在地

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全仏オープンの様子
全仏オープンの様子
全仏オープンの様子

 テニスの四大大会、いわゆる"グランドスラム"の一つ「全仏オープン(French Open)」が、この夏パリで幕を開けた。四大会で唯一、赤土のクレーコートで開催される同トーナメントは、独特の球筋やフットワークを生み出し、他にはない熱狂を作り出している。その華やかな舞台の裏側には、選手たちの一球一球を支える存在がある。筆頭となるのが、長年テニス界をけん引してきた「ウイルソン(Wilson)」だ。

 3日間の現地取材を通じて浮かび上がったのは、100年以上の歴史とともに培われてきたハードギアの存在と、トップランクの選手からテニスを楽しむ子どもたちにまで広がり、パリの街と交わるテニスカルチャー。グランドスラムの舞台裏とともに、ウイルソンの現在地を紐解く。

舞台は、赤土のローラン?ギャロス

会場写真


 全仏オープンの会場となるのは、パリ16区に位置するローラン?ギャロス。地中海横断飛行の記録を持つパイロット、ローラン?ギャロスの名を冠したこのスタジアムは、大会の愛称としても親しまれている。グランドスラムで唯一のクレーコートゆえに球足が遅く、ボールが高くバウンドするため、ラリーが長く続きやすい。必然的に、強靭なフットワークと粘り強さが勝敗を分ける舞台だ。

 本選の開幕前日には、限られた関係者のみに許されたスタジアムツアーへ。アスリートだけではなく、世界中から報道関係者が集うスタジアム内には、ジャーナリストやカメラマンの専用作業室が完備されている。地下には試合中継を担当するカメラマンだけが立ち入れる撮影スペースもあり、トーナメント運営の細部にまで手が届く設計が随所に見られた。中でも印象的だったのが「プラクティスデスク」と呼ばれる窓口。宿泊や交通手段、休暇の手配まで、パリ滞在中の選手のあらゆる相談に応じるサポートデスクで、選手がテニスだけに専念できる環境を整えている。

スタジアム内部

 そしてもう一つ、関係者ならではの特別な場所として案内されたのが「ストリンガールーム」という部屋。全選手のラケットのガット張りを一手に担うこの部屋には、多くのストリンガーが手際よく作業に当たっており、使用されるガットもストリングマシンもすべてウイルソン製。選手たちのパフォーマンスを陰で支える、まさに舞台裏の心臓部だ。

ストリンガールーム

 会場内に配された18面のコートで繰り広げられるトーナメントには、毎日2万人以上の観客が訪れる。この日は開幕前日ということで公式試合はなく、子ども向けのテニス、ピックルボール体験イベントや出場選手の公開練習が楽しめる「キッズデイ」として開放されていた。

会場の様子

 会場は親子連れで賑わい、練習スケジュールが公開されていることもあって、目当ての選手をめがけて多くの子どもたちが各コートへ駆けつけていた。

テニス選手

パフォーマンスを支える最新ギア

テニスラケット

 ウイルソンのクラフトマンシップを語る上で欠かせないのが、テニスプレイヤーにとって体の一部ともいえるラケットだ。中でも、パフォーマンスラケット「ブレード(Blade)」は世界ランク1位のアリーナ?サバレンカ選手をはじめ、多くのトップアスリートに支持されている。最新作「ブレード v10」では、改良されたビーム構造によって打ち抜くパワーを向上。フレームの安定性を高めたことで打球時のレスポンスも研ぎ澄まされ、あらゆるポジションからの攻撃や、守備から攻勢への素早い切り替えをサポートする。カラーは鮮やかな「チャンピオンシップ?グリーン」に、赤外線をイメージしたラインを配している。

今大会のシングルスで優勝を果たしたロシア出身のミラ?アンドレーワ選手

今大会のシングルスで優勝を果たしたロシア出身のミラ?アンドレーワ選手。テニスを始めたばかりの6歳の頃から、ウイルソンのラケットを愛用しているという。

 開幕を前に、パリ郊外のテニスコートでは契約アスリートや関係者を招いたブレード v10の試打会が催された。今大会のシングルスで優勝を果たしたミラ?アンドレーワ選手をはじめ、世界ランキング6位のアマンダ?アニシモバ選手、スペインのマルティン?ランダルーセ選手らに加え、国内外のインフルエンサーも集結。ウイルソンのウェアに身を包み、真夏の陽光が降り注ぐコートでラリーを楽しんだ。

 イベント終盤には、世界ランキング1位のアリーナ?サバレンカ選手も来場。大舞台を前にコメントを求められた同氏は「心構えは一つだけです。コートに出て、すべてのポイントで戦い、自分のベストを尽くすこと。そして昨年よりも良い結果を出すことです」と意気込んだ。ウイルソンのラケットについては、「このラケットは間違いなく信頼できる一本です。どんな状況でも、私が思うままに機能してくれるので、試合中はラケットについて考えることなく、迷わずポイントを獲ることだけに集中できます」と、その機能性の高さを称えた。

アリーナ?サバレンカ

アリーナ?サバレンカ選手

試合の日、コートに満ちる熱

 トッププレイヤーのパフォーマンスを支えるギアに目を向けたあとで、改めてコートを見つめると、そこで繰り広げられる一球一球の重みがいっそう鮮明に感じられる。ローラン?ギャロスの赤土の上では、研ぎ澄まされた技術と駆け引き、そして会場を包み込む熱気が、ひとつの景色として立ち上がっていた。

 今回観戦したのは、今シーズンでの現役引退を表明しているフランス出身のガエル?モンフィス選手と、同じくフランス出身のユーゴ?ガストン選手による初戦。フランス勢対決ということもあり、1万5000席を有するセンターコート「フィリップ?シャトリエ」は満員となった。モンフィス選手にとって、これが最後のローラン?ギャロスとなるかもしれない。その想いが会場全体に広がり、灼熱のスタジアムにさらなる熱気を加えていた。

試合の様子
試合の様子

 「Allez Gael!(いけ、ガエル!)」の掛け声や、この大会の名物となっているトランペットの音真似をするチャント(パソドブレ)など、子どもから大人まで一体となって会場の熱気を形作っていく。興奮のあまり、本来は静粛が求められるサーブの最中にも思わず声を上げてしまう観客が後を絶たず、観客同士で「Chut!(静かに)」と静止し合う場面も見られた。

試合の様子

 試合はフルセットにもつれ込み、深夜まで及んだ。結果は、ガストン選手の勝利。モンフィス選手にとって最後の赤土の舞台となったゲームの終わりには、彼を送り出すセレモニーが行われた。今回のために特別に制作?放映されたビデオメッセージには、ロジャー?フェデラー氏、ラファエル?ナダル氏、ノバク?ジョコビッチ選手のほか、現在世界ランク1位のヤニック?シナー選手や同2位のカルロス?アルカラス選手らが登場し、会場を沸かせた。時刻は0時を回っていたが、終電を気にする観客は一人もおらず、誰もがモンフィス選手の門出を祝し、コートだけを見つめていた。

試合の様子

 ボールを打つ音、ポイントのたびに起こる歓声、次のサーブを待つあいだの静けさ。テレビ越しにも伝わる迫力はあるが、その場でしかわからない緊張感と高揚が確かにある。この日のコートには、勝敗だけでは語りきれない熱が満ちていた。

テニスボールを持つ手

競技からカルチャーへ、街へ広がるテニスの熱

メルシーの外観
メルシーの店内

 パリを代表するセレクトショップ「メルシー(merci)」では、ウイルソンがジャックする形でポップアップイベントが開かれた。ウイルソンは2020年にアパレルカテゴリーに本格参入し、2024年からは日本国内でもテニスウェアを中心としたパフォーマンス&ライフスタイルアパレルを販売している。ポップアップ初日の夜に行われたレセプションパーティーには、ウイルソンの契約アスリートやインフルエンサーらがローラン?ギャロスをコンセプトとしたアパレルコレクション「WSP Clay」に身を包んで来場した。

ウイルソンのアパレルを着たスナップ
ウイルソンのアパレルを着たスナップ

 同コレクションのテーマは、テニスの「オープン化」が実現した1968年のパリ*。デザインディレクターのジョエル?ミカエロフ氏が「ネオ?ノスタルジア」と呼ぶように、過去への眼差しと現代のパフォーマンスを重ね合わせることが、このコレクションの核にある。

*1968年以前、グランドスラムなどの公式戦はアマチュア選手のみに出場権が与えられ、プロ選手は出場できなかった。しかし、テニス界の繁栄を目的に、1968年のウィンブルドン選手権でプロ選手の出場を解禁。以降、他のグランドスラムも追随する形で、プロ?アマ混合の「オープン化」が実現した。

メルシーの店内

 1968年のパリは、テニス界にとってだけでなく、フランス社会にとっても変革の年だった。市民が地面の敷石を掘り起こしてバリケードを築いた五月革命の記憶は、コレクションのテクスチャーやディテールにも静かに刻まれている。ファッションの世界でもピエール?カルダン氏やイヴ?サンローラン氏が台頭し、パンツスーツやミニスカートによって女性の身体の解放を象徴した時代。ブレザー、ドロップウエストのドレス、ソリッドカラー──コレクションに宿る1960年代のシェイプは、そうした時代の空気を丁寧に拾い上げている。

カーディガン
デザインディレクターのジョエル?ミカエロフ

デザインディレクターのジョエル?ミカエロフ氏

 一方で、ウイルソンらしさはテクノロジーを「隠す」ことにあるとミカエロフ氏は言う。高い通気性とシームレスな縫製を備えたカーディガンが、モダンでスタイリッシュな一着として成立しているように、機能はあくまで内側に潜んでいる。コート上でも街中でも、着る場面を選ばない。それがブランドの目指すテニスカルチャーの日常への溶け込み方だ。落ち着いたカラーパレットも同じ思想から来ている。クレーコートの赤土を舞台に想定し、「ウェアはコートと同化するより、その上で際立つべきだ」と考え、鮮やかな色ではなくあえて落ち着いたトーンを選んだという。

 さらに、アメリカ発祥のウイルソンがパリの感性と交差する場として印象的だったのが、同じくメルシーで開かれたハッピーアワー。ローラン?ギャロスを起点に、テニスが街のカルチャーへとにじみ出していく感覚が、そこにはあった。コートで生まれる熱狂は、その場だけにとどまらず、街の空気や装いにも自然と広がっていく。

パーティーの様子

 パリへの旅で見えてきたのは、トップアスリートのパフォーマンスを支えるギアの進化だけではない。コートの内外に広がる熱気、人々の装い、街ににじむカルチャーまで含めて、テニスはひとつの体験として息づいていた。ウイルソンのものづくりもまた、その広がりの中に確かに存在している。

最終更新日:

photography: Yusuke Kinaka, Hiroshi Sato | editing : Miki Harigae, project management : Miho Hamasaki (FASHIONSNAP)